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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(あ)1928号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人広井喜美子の上告趣意について。

所論は、憲法三一条違反をいうけれども、その実質は単なる法令の解釈適用の誤りを主張するに帰し刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

しかし、職権をもって調査するに、原判決及び第一審判決は後記の如く刑訴四一一条一号により破棄を免れないものと認められる。本件公訴事実について原判決の確定した事実関係は次のとおりである。すなわち、本件当時(昭和三五年七月八日)札幌市北五条西三丁目先道路(札幌駅前道路)は、北海道公安委員会によって一方通行の道路と指定され、その一方通行入口地点には道路標識令(昭和二五年三月三一日総理府令建設省令第一号、昭和三五年一二月二〇日総理府令建設省令第三号により廃止)所定の「一方通行」の道路標識が設置されていたが、その出口地点には道路の両側に夫々道路の外側方向を指示する同令所定の「屈折方向(一方向)」の道路標識が設置されていたところ、被告人は右一方通行道路の出口から入口方向に小型自動四輪車を運転し通行したというのである。そして原判決は、以上の事実関係を前提として、被告人の所為が道路交通取締法(昭和三五年一二月二〇日道路交通法により廃止)六条一項の規定に基く北海道公安委員会の道路通行の禁止、制限に違反するものとして、同法二九条四号の罪が成立することを肯定したのである。

ところで道路交通取締法施行令(昭和三五年一二月二〇日道路交通法により廃止)五条は「法第六条第一項の規定に基き公安委員会が必要な禁止、制限を行うときは、道路標識によってしなければならない」旨規定しているから、公安委員会の行う道路の通行の禁止、制限は、その処分の内容を標示する道路標識によってしなければ法的効力を生じないものと解すべきである。そして道路標識令にいわゆる「一方通行」とは、当該道路において指定方向に逆行する通行を禁止する場合の通行方式をいうものであるから、道路の「一方通行」を行うには、一方通行を行う道路の入口に所定の「指導標識」を設置する外、その道路の出口等所要の場所に指定方向に逆行する通行を禁止すべき内容の「禁止標識」を設置することを要するものといわなければならない。

これを本件についてみるに、原判決の確定した事実によれば、本件道路の一方通行出口地点には道路の両側に夫々道路の外側方向を指示する「屈折方向(一方向)」の道路標識が設置されていたというのであるが、同標識は単に屈折方向を指示する「指導標識」であって、一方通行の指定方向に逆行する通行を禁止すべき内容を標示するものではないから、かかる道路標識を設置しても、本件道路の一方通行出口から入口方向に至る通行を禁止する効力を生ずるものではない。してみれば本件一方通行出口地点については、公安委員会による有効な道路通行の禁止、制限処分はなされていなかったこととなり、原判決の確定した被告人の所為は、右有効な処分の存在を前提とする道路交通取締法二九条四号の罪を構成しないものであることは明白である。従って被告人に対し右の罪の成立を認めた原判決及び原判決の維持した第一審判決は、刑訴四一一条一号によりこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって刑訴四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により裁判官池田克の少数意見をのぞく外裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官池田克の少数意見は、次のとおりである。

原判決によれば、本件当時施行の道路標識令には、一方通行の標識につき単に道路の入口にこれを設置すべき旨の定めがあるにとどまり、出口の道路標識について別段の定めもなかったが、しかし、一方通行と指定する標識を入口に設置したのみで、出口側に標識を設置しないこととなると、一方通行と指定されているのを知らない者がその出口の方から車を運転進入して来る違反を犯すおそれが多分にあることから、その防止のための指導を行う必要があるものとされた結果、本件標識が設置されたものであり、本件標識は、道路標識令所定の一方的屈折方向を標示する指導標識に該当し、これに従えば、道路の入口の方から出口に向って来る車は、出口の両側で一方的に進行屈折して来ることを標示しているので、同所から道路の入口に向っての車の進行は危険となり、自然その通行の禁止、制限を標示したのと同じこととなることから、これによってその道路が一方通行と指定されていることが一般的に指導されて来たところであるというのであり、他方、道路標識を遵守すべき立場にある者においても、本件標識を認識する限り、これに従い当該道路の出口の方から入口の方に向って車を運転進入するのを避けていたのが通常であったというのであって、右の事情は、原判決の挙示する札幌中央警察署交通係長徳永清松及び北海道警察本部交通課次席佐々木秀雄の各証言並びに検証調書等により肯認することができる。のみならず、本件道路が北海道公安委員会の告示に基づいて一方通行の道路として指定され、公示の行政措置が執られていたものであることも、原判示のとおりである。

とすれば、なるほど本件標識は、一方通行の道路の出口を標示する道路標識として形式上必ずしも適切なものでなかったとしても、それが公安委員会による道路通行の禁止、制限の処分により設置されたものであることは、一般的に認識できたものというべきであるから、形式に関する瑕疵の故に当該処分の効力が妨げられるものと解すべきではない。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

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